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卒業生紹介

トップ キャンパスライフと就職 卒業生紹介

掲載している情報は、全て取材当時のものです。現在は異なる場合があります。

永里 真弓(2008年卒業)
中国新聞社 松江支局勤務

地元紙の記者としての自覚を持って、現場で感じたことを伝えたい。

新聞、読んでいますか? 最近は「ニュースはネットで見られるし」と思われがちですが、その記事を書いているのも新聞記者たちです。私は、1年間本社で勤務した後、松江支局で記者として働いています。少人数の支局では、担当の松江市に加えて、事件事故やイベント、高校野球など担当以外を受け持つこともあります。
一人で現場に向かい、何がニュースなのか自分で判断します。ニュース価値に悩むときには上司や先輩に相談した上で、記事を書きます。大学時代も現場から多くを学びました。ゼミで行ったフィリピン農村部のフィールドワークや卒業論文でのホームレスへの聞き取り調査など、先生の支えで机の上では経験できないことを学んだと思います。今後も、地元紙の記者としての自覚を持ち、現場で感じたことを伝えていきたいです。
(旧学部ウェブサイトから転載)

池野内 真弥(2008年卒業)
日産自動車 商品戦略・企画グループ勤務

大学で出会った多様な価値観や知識が今の自分の礎になっている。

現在、車種ごとの新車・モデルチェンジの企画立案をする個別商品企画を担当しています。中長期のグローバル商品戦略に基づき、顧客ニーズに適した魅力的な商品を企画するという、重要な仕事です。さまざまな国籍やバックグラウンドを持つ上司や同僚と共に、世界中のマーケットを睨み、市場競争力のあるクルマを考えて形にしていくには何年もかかります。私たちが魅力的な商品を作ることが、大きな雇用につながって経済を活性化させるため、同時に社会的責任が大きい仕事であると思っています。
毎日が、開発に携わる人々、そして自分への挑戦なのです。大学時代に出会った先生や先輩、友人から多様な価値観を教えられたこと、多くの新しい知識と出会うことができた学部横断型の授業が、今の自分の礎になっていると感じます。
(旧学部ウェブサイトから転載)

前田 未央(2007年卒業、2009年国際学研究科博士前期課程修了)
21世紀東アジア青少年大交流計画(JENESYS若手日本語教師派遣プログラム)参加

語学を習った経験や、教育実習、卒業後に非常勤講師として英語を教えた経験が非常に役立っています。

現在、JENESYSの若手日本語教師派遣プログラムでラオスの首都ビエンチャンに派遣され、日本語を教えています。JENESYS(21世紀東アジア青少年大交流計画)とは、青少年交流を通じてアジアの連帯にしっかりとした土台を作るために、平成19年から日本政府が進めてきた事業です。
私が教えているラオス国立大学日本語学科には約100人の学生がおり、私は会話、聴解、作文などの授業を担当させてもらっています。日本語を母語としない人たちは、私たちが英語を学習してきたように、日本語を学習しなければなりません。赴任して6ヶ月経ちましたが、学生から質問されることは、今まで考えたことのないことが多く、すぐに答えられないことばかりです。日本語の勉強、教授法の勉強、ラオス語の勉強など、やりがいのある毎日を過ごしています。
ラオスは、4年前に大学の卒業旅行で訪れてからずっと住んでみたいと思っていた国。日本語教師は、大学時代に「外国語としての日本語」を知って以来、憧れの職業でした。授業を全て任されて日本語を教えるのは初めての経験で、戸惑うことも多いですが、大学時代に語学を習った経験や、教育実習、卒業後非常勤講師として英語を教えた経験が非常に役に立っています。
今の私の仕事は主に日本語を教えることですが、ラオスの人たちに日本を知ってもらうことも大切な使命だと思い、ラオスの人たちとラオス語で話す努力をしています。また、日本の人にラオスという国を知ってもらうために、ラオスでの生活を日本に向けて発信しています。派遣はたったの10ヶ月間と短いですが、この経験を足がかりに、この先もずっと、自分の興味のあることを続けていけたらと思っています。
(旧学部ウェブサイトから転載)


ヤマト運輸の上海コールセンターのスタッフと小林さん(後列中央)


東京の本社に研修に訪れたシンガポールと上海の幹部社員と小林さん(後列左)

小林 美貴(2006年卒業)
ヤマト運輸本社グローバル営業部勤務

私は現在、海外での宅急便ビジネスの展開と現地の事業推進の仕事に携わっています。2010年1月シンガポールと上海で事業を立ち上げました。事業開始前から、現地の管理者を日本に呼んで研修をしたり、自分が現地に行って研修を実施したり、現地で組織の立ち上げにも関わりました。現地社員の教育では、日本式を押しつけるのではなく、彼らの考えや文化的背景を考慮しつつ、会社として大事にしている理念や方針をいかに理解してもらえるかがチャレンジでした。
宅急便を知らない彼らに会社を代表して伝えるという仕事は大変責任のある役目でした。最初は、こちらの真意が本当に伝わるか不安でしたが根気よく一生懸命取り組みました。だんだんと彼らの表情はキラキラとし、質問も出るようになり、すぐに社訓も意味を理解した上で、空で言えるようになりました。印象的だったのは日本の社員の感動体験集を映像化したDVDを見せたら、彼らが涙を流し共感してくれた時です。この瞬間、たとえ言葉や文化は違っても本当に伝えたいメッセージは、伝わるんだと確信したのです。事業開始2ヶ月後、上海を再び訪れた時、制服をきちんと着こなした社員が帽子を取り、私に元気に挨拶をしてくれた時は感無量でした。市大で培ったコミュニケーション能力が今とても役立っています。市大にはたくさんの可能性が溢れています。ぜひ、積極的に色々な人と接し、視野と人脈を広げ、どんな世界でも活躍できる力を身につけてください。
(旧学部ウェブサイトから転載)


テレビ信州の情報番組でキャスターとして司会をする松井さん


本番前の打ち合わせをする松井さん


松井美幸さん

松井 美幸(2005年卒業)
テレビ信州 アナウンサー

「どうしたら上手く相手に伝わるのだろうか」。大学のプレゼンテーションの授業で感じた人前で話す楽しさや難しさ。そこから、自分の言葉で何かを伝えたい、人の心を動かして見たいと思うようになり、私のアナウンサーの第一歩が始まりました。
現在月曜日から木曜日の夕方に放送している情報番組の司会をしています。番組ではスタジオでの進行だけでなく、取材に出て地域の方と触れ合いながらリポートもします。また、野菜作りをしてみたり、ゴスペルに挑戦したりと仕事は多岐にわたります。どんな事柄でも対応する臨機応変さが求められますが、番組を生み出す楽しさを日々実感しています。
特に毎日生放送の番組に携わっていると、テレビの影響力の大きさを実感します。自分の発信した情報によって人が動く事もありますから、言葉選びは慎重になります。ですから、メディアからの情報をいかに読み解くかという「メディア・リテラシー」をゼミで学んでいた事は働く上で大きな財産になっています。
市大では学部の垣根を越えて、幅広い知識を得る事が出来ます。あらゆる角度から、未来を切り拓こうとする皆さんのバックアップをしてくれますよ。
(旧学部ウェブサイトから転載)


卒業式の日、最後のホームルームを行う芝山さん


授業をする芝山さん


担任の教え子に囲まれる芝山さん

芝山 勝(2004年卒業)
山口県立周防大島高等学校教諭

教員として教壇に立ち始めて7年目になろうとしています。その間、多くの生徒に出会い、辛いことも楽しいことも共に経験してきました。生徒と過ごす毎日は筋書きのないドラマのようです。高校生といえどもまだ成長途中で、たくさんの悩みや問題を抱えています。その生徒たちに寄り添い、励ましながら毎日を過ごしています。
先日、3年間担任として持ち上がったクラスを卒業させました。入学当初はまだあどけなかった子たちが、社会に出ても恥ずかしくない大人へと成長していく過程では、多くの感動があり、生徒からたくさんのことを学びました。
現在、学校には様々な生徒がおり、多様な価値観を尊重できる姿勢は必要不可欠です。市大在学中は留学したり、系列や学部を越えて多くのことを学んだりとたくさんの刺激を受けました。市大の充実したカリキュラムと先生方のおかげで、今の自分があると思っています。これからも「人間を育てる」ことに誇りを持って、生徒と共に成長していきたいです。
(旧学部ウェブサイトから転載)

池上 真人(2000年卒業、2006年国際学研究科博士後期課程修了)
松山大学 経営学部 准教授

大学で専門的に学んだことを、学生たちに伝えたい。

松山大学で英語の授業と国際コミュニケーションスキルズという科目を担当しています。現在、専門的に研究しているのはe-learningや学習意欲、語用論です。大学では、研究によって分かったことを授業で生かし、授業をしながら得た新たな疑問を研究によって明らかにしていく、というように、教育と研究が循環することを心がけています。大学院への進学は、広島市立大学国際学部に在籍していた時に、現在も目標にしている先生と出会ったことがきっかけでした。そして、院生時代に先生の教育や研究に対する情熱を間近で感じ、自分も専門的な知識をさらに深め、それを学生に伝えたいと思うようになりました。大学院で得た経験は現在の自分の基盤となっており、今も、先生に少しでも近づきたいと思いながら、研究や授業に取り組んでいます。
(旧学部ウェブサイトから転載)

平尾 順平(2000年卒業)
NPO法人 ひろしまジン大学 学長

自分から積極的に求めていけば、広島市立大学には先生を始め多くの可能性の扉があります。

ひろしまジン大学というNPO組織を立ち上げ広島を拠点に活動しています。
ひろしまジン大学は、「街をまるごとキャンパスに」「誰もが先生、誰もが生徒」を合言葉に、広島県全域を大学のキャンパスとしてみたて、そこに暮らし関わる人どうしが、広島の文化、歴史、社会、平和などを学び合うためのプラットフォームです。
立ち上げからまだ2年。
地方都市において事業型のNPOを経営、運営することの困難に日々直面しつつ、一つずつ経験を積み重ねています。
学生時代はバックパッカーとしてアジアからヨーロッパまで約1年をかけて旅し、その経験から国外のことに関わる仕事に興味を持ち、卒業後は政府開発援助(ODA)の業界に従事して多くの国々で人材育成に関わるプロジェクトを担当してきました。
これらの経験をとおし、海外からみえる広島の可能性や期待値の高さに驚く一方で、まだまだ今の広島のことを知らない自分自身、そして、原爆から復興した「今の」広島を私たち広島人は世界に伝え切れてないのではないか、という思いから2007年に帰郷し、まずは自分たちの暮らすこの地、広島のことをもっと知るために今の活動の基礎をつくり始めました。
外に出たからこそ見えてきた広島、そして自分自身。すべては学生時代の旅の経験から始まりました。
大学が自分に何かを与えてくれるかのを待つのではなく、自分から積極的に求めていけば広島市立大学には先生を始め多くの可能性の扉があります。
すべてはみなさん次第。
ぜひ果敢に挑戦し、自分にしかできない多くの経験をしてほしいです。
(旧学部ウェブサイトから転載)

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