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卒業生の紹介

活躍する卒業生

  • 金本 麻里
    在マダガスカル日本国大使館 勤務
    2011年卒
    金本 麻里
  • 今中 初美
    三菱重工業株式会社 原動機事業本部 高砂製作所調達部勤務
    2010年卒業
    今中 初美
  • 今村 健一
    日本生命保険相互会社勤務
    2010年卒業
    今村 健一
  • 鑑原 圭太
    キヤノンマーケティングジャパン株式会社 MA販売事業部 金融営業本部 第二営業部 販売第一課 勤務
    2009年卒
    鑑原 圭太
  • 吉岡 朋美
    広島銀行 福山営業本部勤務
    2009年卒業
    吉岡 朋美
  • 賀村 幸子
    武田薬品工業株式会社勤務
    2009年卒業
    賀村 幸子
  • 梶川 直樹
    株式会社アトレ
    秋葉原店顧客グループ 勤務
    2009年卒業
    梶川 直樹
  • 永里 真弓
    中国新聞社 松江支局勤務
    2008年卒
    永里 真弓
  • 池野内 真弥
    日産自動車 商品戦略・企画グループ勤務
    2008年卒業
    池野内 真弥
  • 大門 仁
    バンドー化学株式会社 勤務
    2008年卒
    大門 仁
  • 前田 未央
    21世紀東アジア青少年大交流計画
    (JENESYS若手日本語教師派遣プログラム)参加
    2007年卒
    2009年国際学研究科博士前期課程修了
    前田 未央
  • 小林 美貴
    ヤマト運輸本社グローバル営業部勤務
    2006年卒業
    小林 美貴
  • 松井 美幸
    テレビ信州 アナウンサー
    2005年卒業
    松井 美幸
  • 芝山 勝
    山口県立周防大島高等学校教諭
    2004年卒
    芝山 勝
  • 池上 真人
    松山大学 経営学部 准教授
    2000年卒
    2006年国際学研究科博士後期課程修了
    池上 真人
  • 平尾 順平
    NPO法人 ひろしまジン大学 学長
    2000年卒
    平尾 順平
  • 井川 真理子
    システム科学コンサルタンツ
    開発コンサルタント
    2000年卒
    井川 真理子
  • 本村 公一
    アイ・シー・ネット株式会社 第1事業部 勤務
    2000年卒
    本村 公一
  • 花井 利彦
    NHK報道局 報道番組センター 勤務
    1999年卒
    花井 利彦
  • 植田 典子
    日本アイ・ビー・エム株式会社
    ソフトウェア事業 ソフトウェアエンタープライズ営業  公共・メディア ソフトウェア営業部長
    1998年卒

    植田 典子

留学とゼミで学んだ「伝える力」が、今の自分を支えている。
金本 麻里 2011年卒 在マダガスカル日本国大使館 勤務
金本 麻里 2011年卒 在マダガスカル日本国大使館 勤務

 現在、外交官の方々の業務が円滑に進むようサポートする仕事をしています。
仕事内容は多岐にわたりますが、フランス語を用いた現地職員への指示や現地業者との調整等が主な仕事のため、自分の意向を相手にいかに的確に伝えられるかが求められます。この仕事を通して痛感することは、「自分の言葉」で話すことの重要性です。語学力に関係なく、自分が内容を正確に理解していないうちは相手に説明しても伝わりません。

 フランスのオルレアン大学へ交換留学をした際には、自己主張が求められる環境の中、限られた語彙力で自分の意見を伝える努力を重ねました。また、専攻した会計学のゼミでは、会計学を学ぶだけでなく、物事を論理的に考え、説明するために試行錯誤しました。これらの経験が今の自分を支えていると強く感じています。


卒業旅行でマチュピチュ遺跡を背景に
卒業旅行でマチュピチュ遺跡を背景に
今中 初美 2010年卒 三菱重工業株式会社 原動機事業本部 高砂製作所 調達部 勤務
会社の同期と(2列目左から4人目)
会社の同期と(2列目左から4人目)

「様々な経験が卒業後の進路を決めるきっかけに」

 グローバルに働きたい、世界に誇れる日本の技術で発電所を作り社会や世界に貢献したい、と思いこの会社を選びました。
私の職場は、発電所の建設に必要な材料を、国内や海外から調達する業務をしています。また、新たな調達先を求めて海外メーカーの更なる開拓についても検討を進めているところです。
今は入社したばかりですが、海外メーカーとの契約書の作成や、国内メーカー訪問、価格交渉について学ぶなど、社内外の多くの方と関わりながら、実際の業務を通じて人脈作りとノウハウ習得に取り組んでいます。

 大学時代は、語学留学、ゼミ、部活動、アルバイト、海外旅行などをしました。
2年次には、留学を志望する学生への大学の奨学金制度(語学研修補助事業)を利用し、ラスベガスへ留学しました。当時はホテル業界に興味があったので、観光産業が盛んな地で、同じ意識を持つ留学生と共に語学を学びながら、休みの日はホテルを見学して過ごしました。真剣にホテル業界への就職を目指す留学生との意見交換は、進路について考える貴重な機会となりました。また、この期間に留学生や先生と交わした何気ない会話から、日本が持つ高度な技術力が世界の人から信頼されていることを改めて知りました。この経験は、私がこの会社を志望するきっかけとなったもので、留学は単に語学習得のためだけでなく、現在の私を形成するのに大きな影響を与えることとなりました。
また3年次には、金融論ゼミでお金の流れを通して社会の大きな仕組みについて、マーケティングゼミで企業活動などについて学びました。このような知識は、就職活動中や入社後にも様々な面で役立っています。
とは言え、勉強ばかりではなく、部活動やアルバイトを通して、積極的に多くの人との関わりを持ちました。年の離れた先輩方や見ず知らずの方とも怖気ず話せる積極性を得たことは、社内外の多くの方とのコミュニケーションや良好な関係づくりに役立つと考えています。
また、国際学部の魅力は色々なことに挑戦できるだけではありません。何事にも積極的で、長期休暇になると次々に海外に飛び出していくような友人達や、勉強も進路も親身になって熱心に応えて下さる先生方がいます。海外や色々な事に自然と興味を持つくらいにたくさんの刺激をたくさんの人から貰いながら過ごした4年の間に、様々な事に取り組みやりたい事を見つけることができました。
きっとみなさんの先輩となる人の中にも、多くの刺激をくれるような人がたくさんいると思います。
国際学部には、色々なことに挑戦できる環境があります。みなさんも、国際学部でのさまざまな経験を通して、やりたいこと見つけてみませんか。


今村 健一 2010年卒 日本生命保険相互会社勤務
今村 健一 2010年卒 日本生命保険相互会社勤務

学生時代の全力での挑戦が、社会人の自分を支えている

 私は今、日本生命保険相互会社で働いています。日々の仕事の中で、大変だと感じることもありますが、その時に私を支えてくれるのは、大学時代にゼミで学んだ「挑戦」するという気持ちです。私のゼミはマーケティングでした。企業が消費者のことを考えて戦略を立てる、その全てがマーケティングと言えるかもしれません。ゼミでは、知識だけを学ぶのではなく、企業の協力を得て大学対抗の商品開発提案を行いました。

 こういった体験を通し、何か一つのことに真剣に挑戦することの大切さ、さらに、その挑戦する思いが大きければ大きいほど、身につくものも大きくなることを学ぶことができました。ゼミで身につけた多くのことは、日常生活のさまざまな場面でも今も役に立っていると感じています。


大学時代に培ったコミュにケーション能力を生かしたい
鑑原 圭太 2009年3月 国際学部国際学科卒業 キヤノンマーケティングジャパン株式会社 MA販売事業部 金融営業本部 第二営業部 販売第一課 勤務
鑑原 圭太 2009年卒 キヤノンマーケティングジャパン株式会社 MA販売事業部 金融営業本部 第二営業部 販売第一課 勤務

生命保険会社を担当して、IT関連の業務改善のためのシステム提案や製品提案を行っています。仕事は先輩と2人で行うのですが、入社2年目の私は、まだまだ先輩の指示で動くことがほとんど。その中で、お客様の信頼を裏切らないよう、また、キヤノンというブランドのイメージアップにつながるような対応を心がけています。少しでも早く、効率化やコストダウン等のお客様が抱える課題を広範な視点で把握し、期待以上の解決策を提案できるようになることが目標です。そのためには高いコミュニケーション能力が求められると思います。そういう点では、市立大学時代の海外でのボランティア活動やNGOでのアルバイトなどで、多様な人と交流した経験が役立つと考えています。将来は、英語力を生かして海外で仕事をしたいと思っています。


広島銀行で営業事務をする吉岡さん
広島銀行で営業事務をする吉岡さん
吉岡朋美 2009年卒 広島銀行 福山営業本部勤務

 広島銀行で営業事務の仕事をしています。現在は、主に窓口業務の担当です。お客さまにとって大切な「お金」を預かる仕事なので、失敗は許されません。窓口業務は、直接お客さまと接する機会が多く、また、時には数千万円の現金を直接手渡されたりすることもあるなど、緊張の連続です。また、来店されたお客さまが求めることを、いかに早く正確にこなすかが大切です。時に、お客さまの意に添えずお叱りを受けることもありますが、感謝のお言葉をいただくこともたくさんあります。お客さまから「ありがとう」と言ってもらえた時のうれしさは、例えようがありません。お客さまのことを第一に考え行動できる銀行員を目指して、これからも頑張ります。

 国際学部で学んでよかったと思うことは、一つのことを多面から見る視点を培えたことです。政治や経済、文化の面から幅広く学べるのは、国際学部の最大の魅力だと思います。中でも、HIROSHIMA and PEACEは今でも思い出に残っており、自分の思っていることを言葉(英語)にして発言することの大切さを学びました。


武田薬品工業でMRを担当する賀村さん
武田薬品工業でMRを担当する賀村さん
賀村 幸子 2009年卒 武田薬品工業株式会社
担当ドクターとの1枚
担当ドクターとの1枚
先輩MRとミーティング(中央)
先輩MRとミーティング(中央)

 医療機関を毎日訪問し、医薬品の適正使用と普及を目的として医療関係者と面接をし、情報の伝達や収集を行う仕事です。間接的ですが、患者さんの命や健康に関わることができ、やりがいを感じています。
薬の概要や有効性・安全性などのデータを紹介しながら、個々の患者さんへの治療提案まで行うので、医療関係者のニーズや患者さんの病態を把握してプロモーション方法を変えていく必要があります。薬や病気の知識の豊富さも必要ですが、提案が受け入れられるための関係も重要です。国際学部では、理系や芸術系の学生、さらに海外や学外の学生、そして豊富な経験をお持ちの先生方と、さまざまな方と出会うことが出来ました。さらに、市大では複数のゼミを履修することが可能です、私も2つのゼミを履修し、一つの研究テーマに囚われない、多面的な視野を得られたと思っています。少人数のゼミで活発な議論を交わせたことも、自らの成長に繋がりました。
そのような環境で得た刺激が私の人間としての幅を広げてくれ、性格も年齢も様々な医療関係者と関係を構築し、さらに「医療のパートナーとして認められる」というMRとしての成長につながっています。


梶川 直樹
梶川 直樹 2009年卒 株式会社アトレ 秋葉原店顧客グループ 勤務

多面的な考え方に触れ、多くの本を読んだ大学生活が今、生きている

 現在、ショッピングセンターの開発運営を行う会社で、館内の環境整備や販促活動などに従事しています。この仕事は警察や消防等の行政や広告代理店、ショップ、お客様など多くの人と関わることが多く、多面的な考え方や幅広い知識が求められます。大学時代、先生や友達と議論を重ねて多様な考え方に触れたことや、法哲学ゼミで多くの本を読んだことが会議やプロジェクトを企画実施する際に生きていると実感。

 時には、クレーム対応のような大変な仕事もありますが、お客様の喜ぶ顔を見られる今の仕事にやりがいを感じる毎日です。今後も、私の業務がきっかけとなって、一人でも多くのお客様に笑顔になっていただけるように努力していきたいと考えています。 市大の先生や友達との素晴らしい出逢いがあったからこそ、今の僕があると心から思います。


永里 真弓
永里 真弓 2008年卒 中国新聞社 松江支局 勤務

地元紙の記者としての自覚を持って、現場で感じたことを伝えたい

 新聞、読んでいますか? 最近は「ニュースはネットで見られるし」と思われがちですが、その記事を書いているのも新聞記者たちです。私は、1年間本社で勤務した後、松江支局で記者として働いています。少人数の支局では、担当の松江市に加えて、事件事故やイベント、高校野球など担当以外を受け持つこともあります。

 一人で現場に向かい、何がニュースなのか自分で判断します。ニュース価値に悩むときには上司や先輩に相談した上で、記事を書きます。大学時代も現場から多くを学びました。ゼミで行ったフィリピン農村部のフィールドワークや卒業論文でのホームレスへの聞き取り調査など、先生の支えで机の上では経験できないことを学んだと思います。今後も、地元紙の記者としての自覚を持ち、現場で感じたことを伝えていきたいです。


日産本社で車の企画を担当する池野内さん
池野内 真弥 2008年卒 日産自動車 商品戦略・企画グループ勤務

大学で出会った多様な価値観や知識が
今の自分の礎になっている

 現在、車種ごとの新車・モデルチェンジの企画立案をする個別商品企画を担当しています。中長期のグローバル商品戦略に基づき、顧客ニーズに適した魅力的な商品を企画するという、重要な仕事です。さまざまな国籍やバックグラウンドを持つ上司や同僚と共に、世界中のマーケットを睨み、市場競争力のあるクルマを考えて形にしていくには何年もかかります。私たちが魅力的な商品を作ることが、大きな雇用につながって経済を活性化させるため、同時に社会的責任が大きい仕事であると思っています。

 毎日が、開発に携わる人々、そして自分への挑戦なのです。大学時代に出会った先生や先輩、友人から多様な価値観を教えられたこと、多くの新しい知識と出会うことができた学部横断型の授業が、今の自分の礎になっていると感じます。


グローカルな視点で物事を考えたことが、現在の仕事につながっている。
大門 仁 2008年卒 バンドー化学株式会社 勤務
大門 仁 2008年卒 バンドー化学株式会社 勤務

 現在、バンドー化学株式会社シンガポール現地法人に出向しており、主に東南アジア地域での営業担当として、各国の製品エンドユーザーや代理店などを訪問して営業活動をしています。
在学時には国際経営論のゼミに所属し、さまざまな国の企業のケーススタディーを通じて経営理論の基礎を学習しました。その中で、グローカル(グローバル+ローカル)な視点で物事を考え、それを形にして企業が社会に付加価値を与えていく重要性を認識したことは、現在の業務につながっていると思います。

 また、3年生の後期より、交換留学生として韓国の西京大学校で1年間過ごしました。そこで異文化の環境下での人とのつながりの大切さ、生活の楽しさや難しさを学んだことが、今の海外生活の基盤になっています。


語学を習った経験や、教育実習、卒業後に非常勤講師として英語を教えた経験が非常に役に立っています。
本村 公一 2000年卒 アイ・シー・ネット株式会社 第1事業部 勤務
ラオス・サバナケット県及びサラワン県における一村一品プロジェクトにて

現在、JENESYSの若手日本語教師派遣プログラムでラオスの首都ビエンチャンに派遣され、日本語を教えています。JENESYS(21世紀東アジア青少年大交流計画)とは、青少年交流を通じてアジアの連帯にしっかりとした土台を作るために、平成19年から日本政府が進めてきた事業です。
私が教えているラオス国立大学日本語学科には約100人の学生がおり、私は会話、聴解、作文などの授業を担当させてもらっています。日本語を母語としない人たちは、私たちが英語を学習してきたように、日本語を学習しなければなりません。赴任して6ヶ月経ちましたが、学生から質問されることは、今まで考えたことのないことが多く、すぐに答えられないことばかりです。日本語の勉強、教授法の勉強、ラオス語の勉強など、やりがいのある毎日を過ごしています。
ラオスは、4年前に大学の卒業旅行で訪れてからずっと住んでみたいと思っていた国。日本語教師は、大学時代に「外国語としての日本語」を知って以来、憧れの職業でした。授業を全て任されて日本語を教えるのは初めての経験で、戸惑うことも多いですが、大学時代に語学を習った経験や、教育実習、卒業後非常勤講師として英語を教えた経験が非常に役に立っています。
今の私の仕事は主に日本語を教えることですが、ラオスの人たちに日本を知ってもらうことも大切な使命だと思い、ラオスの人たちとラオス語で話す努力をしています。また、日本の人にラオスという国を知ってもらうために、ラオスでの生活を日本に向けて発信しています。派遣はたったの10ヶ月間と短いですが、この経験を足がかりに、この先もずっと、自分の興味のあることを続けていけたらと思っています。


ヤマト運輸の上海コールセンターのスタッフと小林さん(後列中央)
ヤマト運輸の上海コールセンターのスタッフと小林さん(後列中央)
小林美貴 2006年卒 ヤマト運輸本社グローバル営業部勤務
東京の本社に研修に訪れたシンガポールと上海の幹部社員と小林さん(後列左)
東京の本社に研修に訪れたシンガポールと上海の幹部社員と小林さん(後列左)

 私は現在、海外での宅急便ビジネスの展開と現地の事業推進の仕事に携わっています。2010年1月シンガポールと上海で事業を立ち上げました。事業開始前から、現地の管理者を日本に呼んで研修をしたり、自分が現地に行って研修を実施したり、現地で組織の立ち上げにも関わりました。現地社員の教育では、日本式を押しつけるのではなく、彼らの考えや文化的背景を考慮しつつ、会社として大事にしている理念や方針をいかに理解してもらえるかがチャレンジでした。
宅急便を知らない彼らに会社を代表して伝えるという仕事は大変責任のある役目でした。最初は、こちらの真意が本当に伝わるか不安でしたが根気よく一生懸命取り組みました。だんだんと彼らの表情はキラキラとし、質問も出るようになり、すぐに社訓も意味を理解した上で、空で言えるようになりました。印象的だったのは日本の社員の感動体験集を映像化したDVDを見せたら、彼らが涙を流し共感してくれた時です。この瞬間、たとえ言葉や文化は違っても本当に伝えたいメッセージは、伝わるんだと確信したのです。事業開始2ヶ月後、上海を再び訪れた時、制服をきちんと着こなした社員が帽子を取り、私に元気に挨拶をしてくれた時は感無量でした。市大で培ったコミュニケーション能力が今とても役立っています。市大にはたくさんの可能性が溢れています。ぜひ、積極的に色々な人と接し、視野と人脈を広げ、どんな世界でも活躍できる力を身につけてください。


テレビ信州の情報番組でキャスターとして司会をする松井さん
テレビ信州の情報番組でキャスターとして司会をする松井さん
松井 美幸 2005年卒 テレビ信州、アナウンサー
本番前の打ち合わせをする松井さん
本番前の打ち合わせをする松井さん
松井美幸さん
松井美幸さん

 「どうしたら上手く相手に伝わるのだろうか」。大学のプレゼンテーションの授業で感じた人前で話す楽しさや難しさ。そこから、自分の言葉で何かを伝えたい、人の心を動かして見たいと思うようになり、私のアナウンサーの第一歩が始まりました。
現在月曜日から木曜日の夕方に放送している情報番組の司会をしています。番組ではスタジオでの進行だけでなく、取材に出て地域の方と触れ合いながらリポートもします。また、野菜作りをしてみたり、ゴスペルに挑戦したりと仕事は多岐にわたります。どんな事柄でも対応する臨機応変さが求められますが、番組を生み出す楽しさを日々実感しています。
特に毎日生放送の番組に携わっていると、テレビの影響力の大きさを実感します。自分の発信した情報によって人が動く事もありますから、言葉選びは慎重になります。ですから、メディアからの情報をいかに読み解くかという「メディア・リテラシー」をゼミで学んでいた事は働く上で大きな財産になっています。
市大では学部の垣根を越えて、幅広い知識を得る事が出来ます。あらゆる角度から、未来を切り拓こうとする皆さんのバックアップをしてくれますよ。


卒業式の日、最後のホームルームを行う芝山さん
卒業式の日、最後のホームルームを行う芝山さん
芝山 勝 2004年卒 山口県立周防大島高等学校教諭
授業をする芝山さん
授業をする芝山さん
担任の教え子に囲まれる芝山さん
担任の教え子に囲まれる芝山さん

 教員として教壇に立ち始めて7年目になろうとしています。その間、多くの生徒に出会い、辛いことも楽しいことも共に経験してきました。生徒と過ごす毎日は筋書きのないドラマのようです。高校生といえどもまだ成長途中で、たくさんの悩みや問題を抱えています。その生徒たちに寄り添い、励ましながら毎日を過ごしています。
先日、3年間担任として持ち上がったクラスを卒業させました。入学当初はまだあどけなかった子たちが、社会に出ても恥ずかしくない大人へと成長していく過程では、多くの感動があり、生徒からたくさんのことを学びました。
現在、学校には様々な生徒がおり、多様な価値観を尊重できる姿勢は必要不可欠です。市大在学中は留学したり、系列や学部を越えて多くのことを学んだりとたくさんの刺激を受けました。市大の充実したカリキュラムと先生方のおかげで、今の自分があると思っています。これからも「人間を育てる」ことに誇りを持って、生徒と共に成長していきたいです。


大学で専門的に学んだことを、学生たちに伝えたい。
池上 真人 2006年3月 国際学研究科 博士後期課程 修了 2000年3月 広島市立大学国際学部国際学科卒業 松山大学 経営学部 准教授
池上 真人 2000年卒 2006年 国際学研究科 博士後期課程 修了 松山大学 経営学部 准教授

松山大学で英語の授業と国際コミュニケーションスキルズという科目を担当しています。現在、専門的に研究しているのはe-learningや学習意欲、語用論です。大学では、研究によって分かったことを授業で生かし、授業をしながら得た新たな疑問を研究によって明らかにしていく、というように、教育と研究が循環することを心がけています。大学院への進学は、広島市立大学国際学部に在籍していた時に、現在も目標にしている先生と出会ったことがきっかけでした。そして、院生時代に先生の教育や研究に対する情熱を間近で感じ、自分も専門的な知識をさらに深め、それを学生に伝えたいと思うようになりました。大学院で得た経験は現在の自分の基盤となっており、今も、先生に少しでも近づきたいと思いながら、研究や授業に取り組んでいます。


自分から積極的に求めていけば広島市立大学には先生を始め多くの可能性の扉があります。
平尾 順平 2000年卒  NPO法人 ひろしまジン大学 学長
平尾 順平 2000年卒  NPO法人 ひろしまジン大学 学長

 ひろしまジン大学というNPO組織を立ち上げ広島を拠点に活動しています。
ひろしまジン大学は、「街をまるごとキャンパスに」「誰もが先生、誰もが生徒」を合言葉に、広島県全域を大学のキャンパスとしてみたて、そこに暮らし関わる人どうしが、広島の文化、歴史、社会、平和などを学び合うためのプラットフォームです。
立ち上げからまだ2年。
地方都市において事業型のNPOを経営、運営することの困難に日々直面しつつ、一つずつ経験を積み重ねています。
学生時代はバックパッカーとしてアジアからヨーロッパまで約1年をかけて旅し、その経験から国外のことに関わる仕事に興味を持ち、卒業後は政府開発援助(ODA)の業界に従事して多くの国々で人材育成に関わるプロジェクトを担当してきました。
これらの経験をとおし、海外からみえる広島の可能性や期待値の高さに驚く一方で、まだまだ今の広島のことを知らない自分自身、そして、原爆から復興した「今の」広島を私たち広島人は世界に伝え切れてないのではないか、という思いから2007年に帰郷し、まずは自分たちの暮らすこの地、広島のことをもっと知るために今の活動の基礎をつくり始めました。
外に出たからこそ見えてきた広島、そして自分自身。すべては学生時代の旅の経験から始まりました。
大学が自分に何かを与えてくれるかのを待つのではなく、自分から積極的に求めていけば広島市立大学には先生を始め多くの可能性の扉があります。
すべてはみなさん次第。
ぜひ果敢に挑戦し、自分にしかできない多くの経験をしてほしいです。


教員面接後、どの候補者に何点つけるか、面接官で議論中の井川さん
教員面接後、どの候補者に何点つけるか、面接官で議論中の井川さん
井川 真理子 2000年卒 システム科学コンサルタンツ、開発コンサルタント
ルワンダで初めて行われたリモコン大会。井川さんらが支援している学校が2部門中の1部門で優勝し一緒に記念撮影
ルワンダで初めて行われたリモコン大会。井川さんらが支援している学校が2部門中の1部門で優勝し一緒に記念撮影
ルワンダ人教員のインド研修について協議中の井川さん
ルワンダ人教員のインド研修について協議中の井川さん

 システム科学コンサルタンツに開発コンサルタントとして就職して以来、JICAのルワンダ国トゥンバ高等技術専門学校(TCT)強化支援プロジェクトに従事、ルワンダと日本を往復する日々を過ごしています。
プロジェクトではTCT教職員の技術力、指導力、学校運営力の強化を図るため、日本、インド、インドネシア、ネパール人の専門家の力を借りて技術の移転を図っています。
ルワンダ人は独立以来、1994年の大虐殺を含む混乱の波にもまれ続け、アフリカから想像する楽観的な明るさとは違い、物静かで本音が分かりにくい性格であると言われています。彼らを相手に業務を推進するのは困難なこともありますが、市大での専攻を超えた他分野の先生方や他学部の友人との密な交流は、現在の業務に必要な異文化におけるコミュニケーションの基礎となっていると感じています。
TCTの教職員や学生から、プロジェクトのおかげで自分が成長していると感じていると聞くときの充足感が、仕事の原動力になっています。
[略歴] 在学中に休学、ネパール、ガーナ、インド等でボランティア活動。英語教員など→卒業→民間会社営業→アジア経済研究所開発スクール→英サセックス大学大学院Gender and Development→JBICインドネシア事務所(契約6ヶ月)→スイス移住→プライベートバンク勤務(営業アシスタント)→システム科学コンサルタンツ


どんな状況でも自分の軸をしっかり保つ 市大での学びが人生の礎に
フィリピン・ミンダナオ紛争影響地域社会経済復興支援調査にて

フィリピン・ミンダナオ紛争影響地域社会経済復興支援調査にて

本村 公一 2000年卒 アイ・シー・ネット株式会社 第1事業部 勤務
ラオス・サバナケット県及びサラワン県における一村一品プロジェクトにて
ラオス・サバナケット県及びサラワン県における一村一品プロジェクトにて

現地政府と地域住民の視点に立った活動を

開発コンサルタントとして日本の政府開発援助(ODA)に携わっています。日本のODAには、援助政策を策定する日本政府、具体的なプロジェクトを企画立案する国際協力機構(JICA)などさまざまなアクターが関わっていますが、現場最前線でプロジェクトの実施を担うのが開発コンサルタントであり、現地政府と地域住民双方の視点に立って活動することに大きなやりがいを感じています。その一方、私たち開発コンサルタントは、途上国の厳しい生活・治安環境の中、異なる文化や慣習、制度に適応するだけでなく、時にはそれらと闘う姿勢も求められます。孤独や葛藤の中で、乗り越えなければいけない困難もまた大きい仕事だと思います。

抑圧に苦しむ人たちを支援したい

そんな私を支えてくれているのが市大時代、学部横断の講義や課外活動を通して多種多様な価値観に触れ、学んだ“自分の軸をしっかり保つための術”で、私のゆるぎない礎になっています。今後は国際協力という枠に縛られることなく、国内においても何らかの抑圧に苦しむ人たちを支援する活動、そしてそれができる後進を育てる活動にも携わっていきたいと思っています。


「現場主義」の先生から学んだ現場を見つめる視点の大切さを実践
番組制作は「チームワーク」から(右からカメラマン、現地コーディネーター兼運転手、本人、リサーチャー)。
番組制作は「チームワーク」から(右からカメラマン、現地コーディネーター兼運転手、本人、リサーチャー)。
花井 利彦 1999年卒 NHK報道局 報道番組センター 勤務
ニュース番組からドキュメンタリー、中継まで、ディレクターの業務は多岐にわたります。
ニュース番組からドキュメンタリー、中継まで、ディレクターの業務は多岐にわたります。
2万人を集めたバラク・オバマ氏の演説会。大激戦となったアメリカ大統領選挙を住民はどう見たのか、格差社会で分断される中間層に密着。
2万人を集めたバラク・オバマ氏の演説会。大激戦となったアメリカ大統領選挙を住民はどう見たのか、格差社会で分断される中間層に密着。

現場主義の番組制作

NHKで、取材から提案、撮影、編集、そして放送するまで一貫して番組制作に携わる“ディレクター”という仕事をしています。初任地は沖縄局で、沖縄戦の傷跡を見つめる番組や、高校野球球児の成長を追ったドキュメンタリーなどを手がけました。2007年8月に東京の本局に異動した後、緊迫するミャンマー情勢の舞台裏を検証する番組や、日本の遙か先を行く格差社会アメリカの実態と大統領選挙における住民の選択を描く番組を制作しました。市大の最も好きなところは、気持ちが若い“現場主義”の先生が多くいることです。本だけに学ぶのではなく、「現場を見ろ、現場で感じろ」と肩を押され、現場に出向き、当事者に話を聞くなど、実際に行動に移したことが今の私の原点となっています。国際学部で、経済から政治、古典から現代史まで、とにかく幅広く勉強できたこともこの仕事に大きく役立っています。

多くの可能性を与えてくれる国際学部

市大は「何かを学びたい。知りたい」というやる気と努力さえあれば、多くの可能性を与えてくれる大学です。皆さんも、この大学で学びながら新たな歴史を切り開いていって下さい。



もっと大きいビジネスを手掛けていきたい!
植田 典子 1998年3月 国際学部 国際学科 卒業 日本アイ・ビー・エム株式会社ソフトウェア事業 ソフトウェアエンタープライズ営業  公共・メディア ソフトウェア営業部長
植田 典子 1998年 日本アイ・ビー・エム株式会社ソフトウェア事業 ソフトウェアエンタープライズ営業  公共・メディア ソフトウェア営業部長

担当するお客様の課題を洗い出し、それに対するソリューションを検討し、提案していくのが営業の私の仕事です。自分が提案したソリューションによって、お客様の業務が改善され、高い評価をいただくことにやりがいを感じますね。大きな仕事を任せてもらっている責任の重さ、プレッシャーもありますが、お客様にとって、会社にとってよい提案か、また自分にとって納得できる提案か、常に3つの視点で物事を考えるように心がけています。仕事柄、大企業の役員の方々とお会いする機会も多いのですが、国際学部で学んだすべての授業が、お客様とさまざまな視点で会話する上で私の大事なバックグラウンドになっています。CALLを利用したインテンシブ英語学習プログラムで培った英語力もどんどん活かして、今よりももっと大きいビジネスを手掛け、とっていく営業になれればと思っています。

上記の内容は、Webサイト編集時の情報です。現在は異なる場合があります。


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